『8番のりば』の広告モデルは、インディーゲームの新たなスタンダードとなるか

コラム

■3行で説明
1.個人ゲームクリエイター・コタケクリエイト氏の『8番シリーズ』が、ゲーム内広告を新たな形で提示し、ゲーム業界に変革をもたらした。

2.『8番のりば』では、企業広告をユーザーが能動的に見るために、従来のゲーム内広告とは異なる宣伝方法をとっている。

3.このモデルは、ユーザー・企業・クリエイターの三方良しの構造を生み出し、エンターテインメント業界全体の発展につながる可能性がある。

2023年11月29日に個人ゲームクリエイター・コタケクリエイトにて開発/リリースされたゲーム『8番出口』。日本の地下通路や、リミナルスペース、バックルームなどにインスパイアされた短編ウォーキングシミュレーターゲームで

・異変を見逃さない
・異変を見つけたら、すぐに引き返す
・異変が見つからなかったら、引き返さない

というルールの下、無限に続く地下鉄通路から地上につながる8番出口から外に出ることが目的となっている。PC版の売上は2024年4月時点で、累計50万本を突破する人気ぶりだ。

コタケクリエイト

『8番出口』に散りばめられたこだわり。多くの配信者による実況動画が公開

無機質な空間では、地下災害・絵が変化する怪奇現象・人を模した怪異の登場など、さまざまな異変が起きる。また電球やドアノブの位置が違ったり、通常よりチラシのサイズが大きかったりと、目を凝らして観察しないと見分けられない要素もある。

仕掛けの多様さとシンプルなゲームシステム、「P.T.」「シャイニング」などのホラー作品などをオマージュしたと推測できる演出(引用:5PM Journal)など、多くのこだわりが散りばめられている。リアクションも取りやすいそのゲーム性から、ホロライブ・にじさんじといった大手VTuber事務所所属のタレントから、Aマッソ・乃木坂46といった有名芸能人まで、多くの配信者がゲーム実況動画を公開した。

にじさんじ・剣持刀也
乃木坂配信中より、賀喜遥香

以降、この8番出口のシステムである「連続する空間の異変を見つけ、ゴールを目指す」ようなゲームを「8番出口ライク」と呼ぶように。新たなジャンルが一つ生まれたという意味で、ゲーム業界に変革をもたらした。

2024年には『8番のりば』がリリース。チラシに大きな変化が

また2024年5月31日には、同氏より『8番のりば』がリリースされた。永遠に走り続ける電車に閉じ込められた主人公を動かし、 周囲の異変に注意しながら脱出する方法を見つけるゲームとなっている。

8番出口と同様、異変に対処できないとスタートからやり直しになるが、完全にやり直しになるわけではなく、一度クリアした異変は再出現しないようになっている。それ以外に、発生している異変を確認しないと進めなかったり、何も起こらずスルー出来るタイプなどいくつかのバリエーションが存在する。いずれにせよ、異変を見つけて最後の目的地にたどり着くまで出られないようなシステムは前作と共通している。

コタケクリエイト

閉鎖空間ならではのホラー演出(だるまさんがころんだ・暗闇の迷路・かくれんぼ等)が新たに登場し、有名YouTuber・ヒカキンがボイスで出演するなど、前作の影響度合いを推し量ることができるアップデートが随所に見られたが、前作との違いの一つとして、“チラシ”の内容が、実際の企業・団体の広告になっていたという点が挙げられる。

ゲーム内のチラシに登場する広告は、ゲーム「みんなで空気読み。123+」、町田デザイン&建築専門学校、ポールトゥウィン株式会社といったエンタメ関連から、串カツ横綱、名古屋総合税理士法人、貸切宿「弥次右衛門」など他業界からの広告まで全18団体。コタケ氏がTwitter(X)にて広告募集を行い、250以上の応募から選ばれたものが採用されているという。

『8番のりば』に登場する広告一覧(全18種類)

『弥次右衛門』
…岐阜県郡上市にある一軒家貸切の宿。美しい山々と清流が織りなす四季折々の自然や、日本の伝統的な文化を感じられる

『IT業界適正診断』
…マナビタイムが運営するサービス。30の質問に答えると、30パターンの職業タイプ別に学ぶべき適性スキルがわかる適職診断テスト

『町田デザイン&建築専門学校』
…創業46年の、デザインと建築を学べる専門学校。これまでの卒業生は15000人を超える

『DiNOMEN』
…いつまでも若々しく心も身体も健康で「おしゃれでカッコイイ」男でありつづけたいと願う全ての男性をサポートするメンズコスメ

『ティーエスティーアドバンス株式会社』
…オリジナルのぬいぐるみや裁縫品の企画や製造を行っている企業

『SpaceCore』
…不動産やハウスメーカーなどの事業者や居住者・オーナーのためのスマートホームサービス

『メタバースヨコスカ』
…いつでもどこでも横須賀の魅力を体験できる仮想空間「メタバースヨコスカ」

『ゲーム「みんなで空気読み。123+」』
…「空気読み」シリーズで有名なG-MODEが贈る新たなゲーム

『KOBE MARITIME MUSEUM』
…兵庫県神戸市にある海洋博物館

8角形トランポリン『シェイプエイト』
…ホームエクササイズブランド「gymterior(ジムテリア)」の8角形トランポリン

『ポールトゥウィン株式会社』
…愛知県にあるネットサポートサービスやゲームでバックサービスなどを行っている企業

『東西電気産業株式会社』
…新しい光源と照明システムを追求する企業「東西電気産業株式会社」のLEDランプ広告

『名古屋総合税理士法人』
…税務・会計、相続、経営計画、不動産賃貸業を得意とする税理士法人

『ゲーミングマンション』
…防音と10Gbpsインターネットのゲーマーのための賃貸マンション

『ねこあざらし薬店』
…動物用のお薬を購入できる薬屋さんの広告。異変時の絵の変化に注目

『串カツ横綱』
…大阪に6店舗を構える大型人気串カツ店「横綱」

『TRPG書籍「セッションデイズ」』
…TRPGを楽しむためのサポート書籍。女の子の絵が…

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『8番のりば』通常のゲーム内広告と一線を画す広告主側のメリット

クリエイターが自身の成果物で収益を得る方法は大きく分けて2つ。1つは成果物(ゲームなど)自体の売上であり、2つ目は成果物内に広告を掲載して収益を得る方法である。

後者の広告収益はさらに2つに大別され、自動広告(ランダムに出てくるネット広告)か、純広告(企業から直接お金をもらって掲載する広告)がある。自動広告はユーザー数などにより収益が変わり、純広告は定額で企業から広告掲載費を受け取る。

自動広告は収益が変動し、純広告は定額であると、一旦理解してもらえれば問題ない。

話を戻そう。今回の『8番のりば』のように、実在する広告をゲーム内に掲載する形式はそこまで珍しくない。ましてや企業コラボレーションにより生まれたゲームなどは、それ自体が広告商品となりうる。

だが、個人開発者のゲームだと話は変わってくる。スマホゲーム等の場合はネット広告を掲載することがあるが、ネット広告に対して嫌悪感を示すユーザーは一定数存在する。あくまで広告観点だが、その広告をどこに、どのタイミングで配置するかを考慮しないと、簡単にユーザーは離れてしまう。

純広告で収益を得ようとしたとしても、広告主を集めるための営業リソースがなかったり、自身のゲームを宣伝するための資金も足りないことが往々にしてある。広告主側としても、どれくらい売れるか分からない個人開発者のゲームに自社の広告を載せることは憚られるはずだ。

そういう意味でも、いち個人開発者が作ったゲーム『8番のりば』に多くの企業が広告を出したがる事態はある種、異変ともいえる。今回のコタケ氏の場合は、前作『8番出口』がヒットしていたということはかなり大きいが、それ以上に『8番のりば』に企業がこぞって広告を載せたがるのは、そもそものゲームの面白さに加え

・ユーザーが能動的に広告を見る導線がある
・ゲーム自体の売り上げでなく、配信による影響度が高い

という2つが要因であると考えられる。以下、詳細を記していこう。

ユーザーが能動的に広告を見る導線がしっかりしている

先に述べたように、広告はユーザーにとって煩雑なもの。ない方がありがたいし、無課金ならまだしも、お金を出したゲームに頻繁に広告が登場すればクレームにもなりかねない。

だが『8番のりば』では、ゲームをクリアするために企業広告をしっかりと確認するシステムになっており、ユーザーは自ら望んで広告をじっくり見ることになる。実際に広告に描かれている目が動いたり、瞳が黒塗りになったり、広告内の人形が増えていたりと演出も多岐にわたり、ユーザーは“仕方なく”ではなく、ワクワクしながら広告を見てくれることが想定される。

ゲーム自体の売り上げでなく、配信による影響度が高い

昨今、ゲーム実況者は格段に増え、日本国内でおよそ2000万〜2500万人が日常的に「ゲーム実況」を楽しんでいるというデータもある。ゲーム会社側も実況者のためのガイドラインを制定するなどの動きを見せているが、ここで気になるのが「ゲーム実況により、ゲームの売上は上がっているのか?」という点である。

これに関して明確な解はなく、企業ごとに見解も異なるというのが実情だ。ゲーム配信も収益化もすべてOKという企業もあれば、配信可能な範囲を厳しく指定している企業もある。正直個人的には、ゲーム実況動画の収益より数%が開発者側に還元されてくれないかという思いがあるが、それはまた別の機会に述べようと思う。

横道にそれたが、ゲーム実況による影響は高いものの、ゲームの売上に繋がらないとすれば、個人開発者としては痛手だ。かといって、むやみやたらにネット広告を出しまくれば、ユーザーは早々に離脱してしまう。

このギャップを、『8番のりば』は逆手に取ったといえる。

例えば前作『8番出口』は累計50万本を突破したが、仮にゲーム配信者が誰も取り上げなかった場合、物凄く単純計算でこのゲームの広告効果は「50万インプレッション(※)」という結果になる。

※インプレッション:広告表示回数

だが、仮にゲームそのものが100本程度しか売れなかったとしても、配信者が取り上げ、その動画の再生回数が伸びれば、広告効果は100万にも、1000万にも跳ね上がる。一人が取り上げればまた一人…同時視聴者の数も考えれば、数億インプレッションにもなりえる。加えて先述したゲームシステムゆえに、沢山のユーザーが企業広告をまじまじと見つめることになるのだ。

このように、広告を見てもらうというフローそのものをエンタメとして昇華させるシステムは、『8番出口』『8番のりば』の登場により加速していくことが考えられる。

徹底的な面白さの追求から生まれた、三方良しの構造

ユーザーも楽しく広告を見れ、企業も広告を友好的に受け入れてもらい、クリエイターもそれに応じた収益を得る…。今回のような三方良しの構造が生まれた要因を一つだけ挙げるのであれば、シンプルに“面白いゲームだから”に尽きる。ユーザーの目は肥えており、初めからお金の匂いばかりが立ち込めるゲームに、そもそも興味を示さない。コタケ氏が作り上げた、8番シリーズあっての収益構造といえる。

ゲーム以外にも、面白記事でユーザーを飽きさせない『オモコロ(https://omocoro.jp/)』など、“我慢して広告を見る”という概念を取り払い、広告そのものを楽しめる構造は、ユーザーにも受け入れられやすい。「広告を載せるためのクリエイティブ」ではなく、広告が気にならないくらい没入できるモノにこそ、人もお金も集まってくる。

他媒体のインタビューにてコタケクリエイト氏は、8番シリーズの終了を宣言したが、ゲーム開発自体は続けていくとのこと。ゲーム性・収益構造で新しい可能性を生み出したコタケ氏が、今後も新たなスタンダードを生み出してくれることを期待してやまない。

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